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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)8251号 判決

原告 下本博二

右訴訟代理人弁護士 玉田璋次郎

被告 原茂

〈ほか四名〉

右被告ら五名訴訟代理人弁護士 河崎光成

右同 犀川秀久

主文

一  被告原茂は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和三二年二月一日から右明渡済に至るまで一か月金二八二〇円の割合による金員の支払をせよ。

二  原告に対し、被告平和電気株式会社は右建物一階のうち別紙図面(1)部分から、同有限会社田中直鞄店は同建物一階のうち同図面(2)の部分からそれぞれ退去して本件土地を明渡せ。

三  原告に対し、被告内田秀夫は右建物二階のうち右図面(3)の部分から、同今井邦彦は同建物三階部分および同建物二階のうち同図面(4)の部分からそれぞれ退去せよ。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決ならびに仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和二五年一二月一日別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という)をその所有者である栗原明司から建物所有の目的で賃借し、昭和三三年六月二三日その旨の賃借権設定登記を経由した(譲渡、転貸可能の特約付)。

2  当時本件土地上には、被告原の実兄である原勲らの共有する別紙物件目録(二)記載の建物(以下、本件建物という)があったので、原告は栗原の承諾をえて、勲らに本件土地を転貸し、次いで被告原が昭和二六年一〇月頃に勲らから本件建物とともに右転借権を譲受け、爾来昭和三二年一月まで、被告原は原告に対し賃料を支払って来た(当時の賃料は一か月金二八二〇円、坪当り金一五〇円)。

3  原告は、昭和三二年二月栗原から賃料増額の請求を受けたので、被告原に対し昭和三二年二月分以降の賃料を一か月坪当り金二五〇円に増額する旨請求したところ、被告原は、これを拒絶したのみでなく、爾後の賃料を全く支払わなかった。

そこで原告は、被告原に対し昭和四五年三月六日付八日到達の内容証明郵便にて、到達後五日以内に昭和三二年二月分以降の延滞賃料を支払うよう催告し、あわせて右期間内にそれを支払わないときは転貸借契約を解除する旨の意思表示をしたが、それでも被告原は右催告にかかる賃料を支払わなかった。したがって、転貸借契約は、昭和四五年三月一三日の経過によって解除された。

4  被告内田は、本件建物の二階のうち別紙図面(3)の部分を、被告今井は、右建物の三階全部と二階のうち同図面(4)の部分を、被告平和電気株式会社は、同建物一階のうち同図面(1)の部分を、被告有限会社田中直鞄店は、同建物一階のうち同図面(2)の部分を、それぞれ占有している。

5  よって原告は、被告原に対し転貸借契約終了による原状回復として本件建物の収去による本件土地の明渡しと昭和三二年二月一日以降同四五年三月一三日まで一か月金二八二〇円の割合による賃料および同年三月一四日以降右明渡済みまで右賃料相当の一か月金二八二〇円の割合による損害金の支払いを求め、その余の被告らに対しては、本件土地の賃借権に基づき本件建物の各占有部分からの退去による本件土地の明渡し、もしくはその占有部分からの退去を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1のうち、本件土地が栗原の所有であることは認めるが、その余は知らない。

2  同2のうち、被告原が本件土地上に本件建物を所有していることは認めるが、勲らが原告主張の頃に原告から本件土地を転借したことは知らないし、その余は否認する。

被告原は、本件土地を原告から転借しているのでなく、直接栗原から賃借しているものである。すなわち、大橋保治は、おそくとも昭和二五年一一月一八日栗原から本件土地を含む土地三一・三〇坪を建物所有の目的で賃借したところ、同年一二月二五日頃原告、勲および中島一成の三名が大橋から同地上の未完成の建物とともに右土地の賃借権を譲受け、その頃栗原の承諾をえ、次いで被告原が昭和二六年九月一二日頃に勲から、同月二五日中島からそれぞれ三分の一の未完成建物の共有持分権と賃借権の共有持分権を譲受け、いずれも栗原の承諾をえたものである。そして被告原は、本件土地上に本件建物を完成し、昭和三二年二月一八日所有権保存登記を経由したものである。

3  同3のうち、被告原が原告に賃料を支払わなかったことおよび原告主張の日にその主張する内容証明郵便が被告原に到達したことは認めるが、その余は否認する。

4  同4は認める。

三  抗弁

1  もし仮に、被告原が原告から本件土地を転借しているとしても、原告主張の解除原因である賃料不払について、被告原には帰責事由がないので原告の解除の意思表示は効力がない。すなわち、本件土地上には、本件建物が建築される以前に、もとの賃借人大橋の所有する一棟三戸建の家屋があり、その各一戸づつを原告、勲、中島がそれぞれ大橋から賃借していたが、昭和二五年九月頃大橋が右家屋を取毀し新しい建物を建築して再び右三名に賃貸するというので、右三名の者はこれを了承したところ、大橋は右家屋を取毀して工事に着手したものの、その資金に窮して工事を遅らせ、同年一一月一日の右三名の者との間の和解にもかかわらず、その約束の期日までに新しい建物を完成させなかったので、結局右三名が相協力して大橋と折衝し、前述のとおり、同年一一月二五日頃未完成の建物とともに本件土地の賃借権を譲受けたものである。このように右三名は賃借人同志で、その立場および利害関係も対等であり、賃借権を譲受けた後は、原告が賃料をとりまとめて栗原に支払って来た。しかるに、もし仮に原告がその主張の日に本件土地を栗原から賃借したとすれば、それは他の二名の者には内密になしたもので、しかも勲もまた中島も原告との間に賃貸借契約書のようなものを作成していないし、転貸借についての賃料の定めもしていなかったから、勲および中島は、本件土地の賃借権につき各三分の一の持分権を有しているものと確信していたし、被告原も右両名の言を信じて栗原の承諾をうけて右両名から各三分の一の賃借権の持分を譲受けたのであり、その際栗原は、一言も本件土地の賃借人が原告一人であるとは云っていなかったばかりではなく、賃料の支払については煩雑だから従来どうり一括して原告から納入するよう依頼されたのであるから、被告原としては、自己に本件土地の賃借権の三分の二の持分権があるものと信ずるのは当然であって、賃料を原告のもとに持参し、原告がこれを栗原に支払っているものと信じていたのである。

しかして、被告原は、昭和三二年二月頃原告の父下本菊与から栗原が地代を二倍に値上げすると云っている旨聞き知り、菊与と相談したうえ、同年四月菊与は下本きみえ名義で三分の一の地代を栗原宛に供託し、被告原も同年四月一〇日、同年二月分と三月分の地代(三分の二)を栗原に宛てて供託し、現在に至るまで続けて供託している。

そうしているうちに、昭和三三年一二月頃突如本件土地を転貸しているから地代を原告に支払えという通知があったのであるが、原告には被告原に対し転貸料を請求しうるだけの客観的に明確な資料はなんらなかったのに反し、被告原の手許には、栗原の原告、勲および中島に対する土地使用承諾書(乙第二号証の二)や地代納付の領収書(乙第五ないし第七号証)があった。

以上のとおりであるから、転貸料の支払催告を受けた当時、被告原がこれに応じなかったことには十分な理由があり、したがってその支払をしなかったこと、つまり債務不履行につき、被告原には責に帰すべき事由がないというべきである。故に原告の解除の意思表示は無効である。

2  仮に右主張が認められないとしても、原告の解除権の行使は権利の濫用にあたり、したがって、その意思表示は無効である。

本来継続的な信頼関係に基づく賃貸借契約を解除するためには、賃貸借関係を実質的にそこなうだけの相当な背信的帰責事由を必要とする。ところで本件は、そもそも当初から原告と被告原との間の重大な行違いがあったことに基因する紛争であり、原告が被告原の理解を誤りであると考えるならば、原告の所持している甲第一号証や同第三、第四号証などの資料を提示して被告原の誤解をとくよう努力するのが相当であるのに、原告はそのような努力をなんらなさず、前述のとおり直接栗原から本件土地を賃借していると信ずるに相当な根拠を有する被告原に対しいきなり解除権を行使することは、原告自身信頼関係を破壊する背信的行為に出た極めて不当な態度であり、さらに、被告原は事件の円満解決に誠意をもって対処したのに、なお解除の主張をして譲らぬ原告の姿勢は信義に反するものといえるから、原告の被告原に対する解除権の行使は権利の濫用であって許されないというべきである。

四  抗弁に対する答弁

抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求の原因のうち、被告原が栗原明司所有の本件土地上に本件建物を所有し、その余の被告らが本件建物のうち原告主張の各部分を占有していることは、当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、大橋保治は、昭和二一年一〇月一日栗原から本件土地を賃借しここに建物を所有して、原告、被告原の実兄である原勲および中島一成の三名にその各一部を賃貸していたところ、これを取毀し新しい建物を建築することにして右三名から明渡をうけたが、資金不足で新建物の工事が進捗せず、それ故右三名との間で昭和二五年一一月一日、同月末までに右三名が入居できるようにし、同年一二月末までには建物を完成させる等を内容とする合意をしたものの、なお、工事を進めなかったため紛争が生じ、結局話し合いの結果未完成の建物(土台の基礎工事ができた程度)を金二〇万円で右三名の者に売渡すことにし、同人らがひき続き共同で右建物の建築を続行することにしたこと、そしてその敷地、つまり本件土地の利用権限については、右三名の者が大橋の本件土地に対する賃借権を承継することを栗原が拒否したため、原告一人が勲および中島の了承をえて栗原から賃借することにしたこと、しかして、昭和二五年一二月二五日栗原は、原告ら三名が本件土地上の未完成建物の建築を続行することを承継するとともに(もっとも、昭和二六年初め頃、おそくとも同年二月一二日までに、原告は未完成建物の自己の持分三分の一を母である下本きみゑに贈与したため、以後きみゑ、勲および中島が共同で建築することになり、この点も栗原は承諾した)、大橋との間で本件土地の賃貸借契約を合意解除し、改めて原告との間で本件土地の賃貸借契約を締結し、原告は権利金七万三〇〇〇円を栗原に支払ったこと(なお、本件土地は、当初三一・三〇坪であったが、昭和三三年五月九日その一部一二・五二坪を原告の父下本菊与が買受けたため一八・七八坪に減少し、その後土地区画整理事業の施行によって、現在の一六・六五坪、つまり五五・〇四平方米に減少した)、そして、勲および中島は、昭和二五年一二月分以降の賃料それぞれ金四九四円を後記のとおり右両名が被告原に対し未完成建物の各持分を譲渡するまで各自別々に原告のもとに持参していたこと、

以上の事実が認められる。

被告らは、原告ら三名が大橋から未完成建物を譲渡けるとともに本件土地の賃借権も栗原の承諾をえて大橋から譲受けた旨主張し、かつ、右主張にそう、したがって前記認定に反する以下の証言等もあるが、これは次に述べる理由から採用しない。

まず、証人原勲の証言中右主張にそう部分は、本件土地の所有者である栗原の証言と全く反するうえ、特に右原の証言によって自らが記載したものであることの認められる≪証拠省略≫の記載内容と完全に矛盾することからみて、到底信用できないし、また被告原本人の供述部分も、被告原自身は当時本件土地の使用関係につき直接関与していたわけではない(この点、≪証拠省略≫等から明らかである)から、なおのこと信用できない。次に右主張にそう記載のある≪証拠省略≫は、原告本人尋問の結果によれば、これらを勲が作成して原告のもとに持参し、その記載のとおりのこと(本件土地の賃借権につき、勲、中島が各三分の一の持分権を有するということ)を栗原から承諾をとりつけて欲しいといって持って来た書面であり、原告は勲の要求を拒否したことが認められるから、単に勲および中島の希望を記載したものといえ、したがって反対に、かえって原告一人が本件土地の賃借人となった事実を裏づけるものといわざるをえない。また、乙第五、第六号証(勲および中島の地代領収帳)の各摘要欄と定の記載事項(その摘要欄には、表記金額は三者協定にて栗原より借地せる本件土地に対する各自三分の一保有の借地料、なる趣旨の記載があり、またその定には、地代は摘要のとおり三者のものを取まとめるに付期日に遅延せざることを協定す、なる趣旨の記載がある)は、それをいずれも勲が記入したものであることが≪証拠省略≫により認められ、さらに乙第七号証(被告原の地代領収書)の摘要欄の記載(本件土地の三分の二の地代、なる記載)も、被告原本人の供述によると、被告原自身が記入したことが認められるところ、これらは、前掲各証拠ならびに以上の説示から明らかなとおり、真実を反映した記載とは解しがたいので、採用のかぎりでない。そして≪証拠省略≫の記載は、それ自体必ずしも前記認定を左右するものとはいえない。

以上の他に、さきの認定をうごかすに足る証拠はない。

そうだとすると、前記の認定事実によれば、原告が昭和二五年一二月二五日栗原から本件土地を賃借したことは明らかであり、そして同時に原告が原告と共に未完成建物を譲受けた勲および中島に対し本件土地を転貸し、その後、昭和二六年初めに原告が右建物の持分権を下本きみゑに譲渡することによって、勲、中島、きみゑの三名に本件土地を転貸したものと解すべきである。

三  ≪証拠省略≫によると、被告原は、昭和二六年九月二一日勲から、同年一〇月三日中島から、当時勲、中島およびきみゑが共同で建築中の建物(≪証拠省略≫によれば、工事進捗状況は、外壁が完成し、内部造作も一部完成して約八〇パーセントの出来高であったことが認められる)の各三分の一の持分権をそれぞれ譲受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。したがって、被告原は、勲および中島が有していた本件土地の転借権(各三分の一の持分)も同時に譲受けて、その転借人たる地位を承継したものといえる。

そして、≪証拠省略≫によれば、被告原は、賃料を昭和三二年一月分まで原告のもとに持参していたが、その額は、昭和二六年一〇月分から同年一二月分までは一か月金九八八円(勲と中島が各自払っていた金四九四円を合算した額)、昭和二七年一月分以後一か月金一二〇〇円、そして更に値上がりしておそくとも昭和三二年一月現在で一か月金三一〇〇円(坪当り金一五〇円で、これに当時の本件土地の坪数三一・三〇坪を乗じた額のおおよそ三分の二に当る金員)となっていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、被告原ときみゑの両名が本件土地を原告から転借しているのであるが、その対価たる賃料は、転借人が各自転借権の持分割合に応じて転貸人たる原告に支払うことになっていたことが明らかであり、このことは、勲、中島およびきみゑの三名が転借していたときも同様であったものといえる。

(なお、≪証拠省略≫によると、前記未完成の建物はその後被告原およびきみゑの手で完成し、昭和三二年一月両名の間で共有物分割の協議がととのい、そのうち一部をきみゑの単独所有に、一部は共有のままとし、その他の本件建物は被告原の単独所有に帰し、それぞれその旨昭和三二年二月一八日に保存登記が経由されたことが認められる。)

四  ところで、被告原が昭和三二年二月分以降の賃料を原告に支払っていないこと、そこで原告が昭和四五年三月六日付八日到達の内容証明郵便にて、被告原に対しその到達後五日以内に昭和三二年二月分以降の未払賃料を支払うよう催告し、同時に右期間内に支払わないときは転貸借契約を解除する旨意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そして、被告原が右催告期間内に催告にかかる賃料を原告に支払ったことを認めるに足る証拠はない。

そこで被告らは、被告原の賃料不払について、同被告には責に帰すべき事由がないから、その債務不履行を理由とする解除の意思表示は無効であると主張する。確かに≪証拠省略≫によれば、被告原としては、本件土地を直接栗原から原告と共同で賃借しているものと信じ、原告からの賃料値上げ要求を契機として、爾来昭和三二年二月分以降の賃料を栗原に宛てて供託していること、そして、被告原は、前述のとおり勲および中島からそれぞれ未完成建物の各持分を譲受けた際に、その両名から前掲乙第五、第六号証の引渡を受け、かつ、自らも昭和二六年一〇月分から昭和二七年九月分までの賃料を前掲乙第七号証を用いて原告のもとに持参し(賃料を原告のもとに持参して来たのは、共同賃借人であると信じていた原告が賃料をとりまとめて一括し賃貸人である栗原に支払う約束になっていたと考えていたからである)、それに原告の領収印をもらっていたことが認められるところ、右各号証の摘要欄等には前記のとおり被告原の前者である勲および中島、ならびに被告原が栗原から直接本件土地を賃借しているかの如く誤信させる記載があり、したがって、原告としては右各号証の摘要欄等は原告自身が記載したものではないとはいっても、これらを領収書として使用していた期間中その記載のあることを知っていたか、もしくは知りうる状況にあったことは明らかであるから(≪証拠省略≫中には、右記載の存在を知らなかった旨の供述部分があるが、これは≪証拠省略≫と対比し、特に右各号証全体の記載自体から信用できない)、原告も被告原の右誤信を助長したことは否定できないと解せられる。

しかしながら、さきに認定したとおり、被告原の前者である勲および中島は、本件土地の賃借人は原告であり、自分らは本件土地を転借していることを知っていたはずであり、≪証拠省略≫によると、被告原自身もおそくとも昭和三二年二月三日には本件土地を原告から転借していることを知りえたか、少くとも自分が直接栗原から本件土地を賃借していると信じていたことにつき疑問を持ったことが認められるのに、その時点以降前記催告および停止条件付解除の意思表示が被告原に到達した昭和四五年三月八日頃までの間、右疑点を調査する等、特に地主たる栗原に対し直接確認することが容易であったろうにかかる措置すら何んらなさず(このことは≪証拠省略≫から十分推認できる)、また原告と話し合った形跡も全く見当らず、確たる資料もないのに漫然自己の考えをまげなかったというにすぎないから、被告原に賃料不払いにつき責に帰すべき事由がなかったとは到底解することはできないし、他に被告らの右主張を肯定するに足る証拠もない。したがって、被告らの右主張は採用しない。

ところで、以上の説示から明らかなとおり、被告原ときみゑが共同で本件土地を転借(その持分は被告原が三分の二、きみゑが三分の一)しているのであるから、本来ならば賃料不払を理由とする催告および転貸借契約の解除の意思表示は、民法五四四条によって(なお催告についても同条を類推適用すべきであると解する)、共同転借人両名に対してなさねばならず、そうしなければ、右解除の意思表示は有効とはいえない。しかるに、原告がきみゑに対し被告原の延滞賃料の支払催告および本件転貸借契約の解除の意思表示をしたことを認めるに足る証拠は全くない。しかしながら、本件の場合、被告原に対する前記解除の意思表示は有効であると考える。なぜならば、勲、中島およびきみゑが共同転借人であったときから、各自が賃料を持分に応じ分割して直接原告に支払って来たのであり、被告原も同様に持分に応じ分割して支払って来たし、原告もそれを異議なく受領して来たのであるから、賃料の支払に関しては共同転借人間に、したがってまた被告原ときみゑとの間に不可分もしくは連帯関係はなく、各人が自己の責任でそれぞれ分担にかかる賃料を支払う義務を負うという特別な契約関係にあったものと解せられること、故に被告原の不払賃料相当分をきみゑが支払う義務がないとみられるのであるから、法的には右不払賃料の支払催告をきみゑに対してなしても意味がないし、そもそも原告に右の催告を義務づけることはできないこと、そしてまた、きみゑにおいて被告原の負担にかかる賃料相当分の支払につき不可分もしくは連帯の責任を免れるからには、被告原の賃料不払を原因とする契約解除によって、きみゑが不利益を被ることがあっても、それはいわば当然でやむをえないと解せられること、本件で原告が被告原に対し収去を求めている本件建物は、すでに被告原の単独所有に帰していること、ならびにきみゑは原告の母であって、本件転貸借契約が解除されても事実上不安は少いと考えられるからである。

五  次に被告らは、前記解除の意思表示は権利の濫用であって無効であると主張するが、これを肯定するに足るだけの証拠はなく、かえって以上認定の事実を総合すると、いまだ権利の濫用にあたるとは解しがたいから、右主張は採用のかぎりでない。

そうだとすると、本件転貸借契約は、昭和四五年三月一三日の経過によって有効に解除されたといわざるをえない。したがって、被告原は、原告に対し原状回復義務として本件建物を収去して本件土地を明渡すべきであり、そして、昭和三二年二月一日以降右解除の日まで一か月金二八二〇円(さきに認定したとおり、当時被告原が分割負担していた賃料は一か月金三一〇〇円であるが、原告は本訴で右金二八二〇円以上の請求はしていない)の割合による賃料を、また解除の日の翌日以降本件土地の明渡ずみに至るまで一か月金二八二〇円の割合による損害金を原告に支払う義務のあることは明らかである。さらにその余の被告らについても、他に本件土地を適法に占有する権限のあることを主張、立証していない本件にあっては、被告平和電気株式会社は本件建物一階の別紙図面(1)部分から、同有限会社田中直鞄店は同建物一階の同図面(2)部分からそれぞれ退去して、原告に対し本件土地を明渡すべきであり、また、被告内田および同今井も少くとも原告に対し本件建物の各占有部分(被告内田は右建物二階の別紙図面(3)部分、同今井は同建物三階部分および二階の同図面(4)部分)からの退去義務を負うことも明らかである。

六  よって、原告の本訴請求はいずれも理由があるのでこれを認容することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言は、本件の場合相当と解しがたいので付さないこととする。

(裁判官 大澤巌)

〈以下省略〉

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